愛犬が旅立ちました。。。愛犬が娘と私たちに残してくれたもの

先日、愛犬が天国へ旅立ちました。

1年ほど前から心臓を患ってはいたのですが、あまりに急の出来事で、最初はとても受け入れることができませんでした。

しかも、亡くなったのは私と一緒にいた時・・・。
「もし、あの時こうしていたら・・・」と、たくさんの後悔が溢れてきます。

私は基本的に、反省はしても後悔しないタイプなのです。
でも今回ばかりは、心の底から時間を巻き戻してやり直したいと思いました。

だけどそう思ったとしても、時間はもちろん巻き戻せないし、愛犬も戻ってきません。

愛犬と過ごせた9年間、たくさんの素晴らしい思い出があります。

このブログは、ペット関連のブログではないのですが、彼が娘や私たちに残してくれた、大切な思い出やメッセージを綴っておきたいと思い、この記事を書くことにしました。

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愛犬のおかげで乗り越えられた不妊治療

愛犬は、私たち夫婦が結婚する前(同棲中の頃)から飼っていた犬です。
私は、小さい頃から犬がいる生活にずっと憧れてきました。

だから愛犬がウチにやってきてくれた時は、本当に本当に嬉しかったことを今でも覚えています。

小さくて、可愛くて、とても大切な存在。
そして、私の幸せの象徴。

同棲中だった私たちは、やがて夫婦になります。
愛犬は、我が家の長男のような感じでした。

結婚式の時に作成した記念のウェルカムボードには、愛犬の絵も入れてもらったほどです。
それだけ、彼は家族の一員のような存在になっていました。

それから月日は流れ、なかなか子供を授かることが出来なかった私は、不妊治療をはじめることになりました。

私たち夫婦は、結果的には人工授精7回目で娘を授かることができたのですが、不妊治療中は生理がくる度に落胆してしまうんですよね。

家で一人大泣きした周期も、何度もありました。
そんな時に、愛犬はそっと私の方にやってきて、慰めるように手や涙を舐めてくれるんです。

楽しいことだけでなく、悲しいことにもそっと優しく寄り添ってくれた愛犬。
本当に優しい子でした。

「ありがとう」って、何度伝えても足りないくらいです。
彼がいたから、私は不妊治療を頑張れました。

愛犬はあんなに私を助けてくれたのに、私は彼に何かできたのかな?
私ももっと、彼が喜ぶことをしてあげたかったです。

気付かされた家族との大切な時間

愛犬が亡くなる1日前、私も主人も仕事は休みの日でした。
主人は、「休みだから、娘と愛犬を連れて家族で出かけよう!」と提案してくれていたんです。

でも私は仕事が溜まっていて、休日返上で少し片付けたかったので、「また今度でもいいでしょう?」と言って仕事を優先してしまいました。

その日は、愛犬の誕生日だったのに・・・。

なぜ休みの日にも関わらず、仕事を優先してしまったのだろうと、悔やんでも悔やみきれません。

私はフリーランスで、主に自宅で仕事しているので、オンとオフの切り替えが上手くできなくなっていました。

仕事は軌道に乗っているとはまだまだ言い難く、早く業績もあげたいという焦りもありました。

でも家族の為に仕事しているのに、休みの日に休日返上で仕事していては本末転倒だ、と愛犬に教えてもらった気がします。

休みの日にわざわざ仕事しないで、愛犬も一緒に遊びに出掛けていたら・・・。

これは結果論なので、遊びに行ったからといって何かが変化したのかどうか、それは分かりません。

それでも彼がいなくなった今、

最後に遊びに連れて行ってあげれば良かった、
愛犬と一緒にもっと楽しい思い出を作りたかった、

そんな後悔に似た気持ちが押し寄せてくるだけです。

別に休みの日に仕事すること自体は悪いことではないと思うのですが、私は家族との時間を1日1日もっと大切にしないといけないな、ということをすごく深く考えさせられました。

だって、もう2度と時間は巻き戻せないのですから。

 娘が産まれてからの愛犬との関わり

娘が産まれた当初は、愛犬は娘のことをかなり警戒していました。
しかし次第に慣れてくると、彼も娘のことを家族の一員として認識し、生活するようになりました。

今回、改めて愛犬の写真を見返してみると・・・。

娘の傍に寄り添って一緒に寝ている写真や、娘が遊んでいる時に傍で見守るようにしてたたずんでいる写真がとても多いことに驚きました。

愛犬は、ロングコートチワワで小さい体ながらにも、娘を守るように生活してくれていたんだなと、今思い返しても涙が溢れてきます。

私はというと、娘が産まれてからは、やはり子供が中心の生活で・・・。
娘が産まれる前のように、愛犬に全ての愛情を注ぐということが、難しくなっていました。

それでも、1日のどこかで子育てにひと段落した時間などは、可愛がってはいたつもりなのですが・・・。

愛犬に対して、「大好き」という気持ちを、もっとたくさんの形で表してあげたかったという心残りもあります。

「虹の橋」を知って少し心が救われた

私は愛犬の死を、「自分のせい」と思っているところがあります。

「もともと心臓が悪かったのだし、これは運命みたいなものだ。だから、助けてあげられなかったからとか、もし〇〇していなければ、逆にもし〇〇していれば・・・ということは、思わなくて良い」

主人はこんなことを言ってくれますが、愛犬に対しての後悔みたいな気持ち、これは一生背負っていく十字架のようなものだと思っています。

心臓が悪かったとはいえ、食欲もあり普通に過ごしていたのです。
それが、突然発作が起きて亡くなってしまいました。

私は愛犬が天国へ行ったその日、正直言って「私がのうのうと生きててもいいのかな?」というところまで落ちてしまいましたし、ご飯も喉を通らなくなりました。

そんな時、初めて知ったのが『虹の橋』です。

◆虹の橋◆

      

天国の少し手前に、「虹の橋」と呼ばれている場所があります。
 
この世界で生前、誰かと寄り添い、暮らしていた動物たちは、
その命の灯が消えたとき、「虹の橋」のふもとへ行くのです。
 
そこには、草原や丘が広がっていて、
動物たちはそこで駆けまわり、
ともにじゃれあって、楽しく遊んでいます。
 
おなかいっぱいのごはんと、きれいなお水、
そして優しい太陽の日差しに溢れていて、
みんながそのあたたかな場所で、のんびりと暮らしています。
 
病気にかかっていた子も、年老いた子も、みんな元気を取り戻し、
傷の痛みに苦しんでいた子もすっかり健康なからだを取り戻し、
昔のように、そしてまるで夢のように、そこでは過ごしているのです。
 
動物たちは幸せに暮らしているのですが、
たったひとつだけ、心を満たしていないことがあります。
それは、かつて共に過ごし、愛し合い、寄り添っていた人が、
ここにいないことが、恋しくて、寂しいのです。
 
動物たちが一緒に遊んで、駆けまわっていたある日、
ある子がふっと立ち止まり、遠くを見つめていました。
その子の目は、次第にキラキラと輝きだし、よろこびで震えだします。
突然、その子は仲間から離れ、草原を飛ぶように走っていきます。
速く、速く、それはまるで風のようです。
 
その子の視線の先にいたのは、
共に過ごし、愛し合い、寄り添っていたあなたでした。
 
その子とあなたは、虹の橋のふもとで再び出会います。
あなたは、愛するわが子を抱きしめ、愛情いっぱいにふれあい、
二度と離れることはありません。
 
あなたは満面の笑みで幸せにあふれたキスを受け、
もう一度、愛するわが子を抱きしめるのです。
そして、わが子の顔をのぞきこみ、見つめあっては、語りかけます。
 
きみと別れてからの長い長い人生を、
私は一生懸命生きてきたよ。
その中で、きみを忘れたことは一度たりともなかったよ。
やっと会えたね。
 
そしてあなたたちは寄り添いあって、
共に天国へ続く虹の橋を渡っていくのです。

原作者不詳 

この詩を知って、少し心が救われたような気がします。

愛犬に対して「ごめんね」の気持ちは消えないのですが、トゲトゲしていた気持ちが、少しずつ丸くなっていくような、そんな感覚です。

愛犬が天国へ行った時のことだけで埋め尽くされるのでなく、元気だった頃の共に過ごした楽しい思い出を振り返ることも出来るようになってきました。

 ずーっとずーっと大好きだよ

私は愛犬が天国へ旅立ってから、娘に『I’ll always love you』という絵本をよく読んでいます。

私は以前にコストコで購入したので、英語バージョンしか持っていないのですが、日本語バージョンも購入したいと思います。

コストコで初めての英語絵本をゲット!”I'll Always Love You"がお気に入り♪
お友達・にこさんの英語育児のブログを読んでいたら、私もちょっとだけ英語育児かじってみようかなぁ~♪ なーんて思い立って、初めて英語の絵...

日本語名では、『ずーっと ずーっと だいすきだよ』というタイトルです。

娘はというと、まだ上手にお喋りができないので、愛犬の死をどこまで理解できているかは分かりません。

ただ、愛犬の遺影に向かって名前を読んだり、ご飯の時間になると遺影のところまで行って、「ご飯!ご飯!」と声をかけたりします。

その姿を見て、何とも言えない気持ちになります。

私は愛犬に、毎日伝えたいです。
姿は見えなくなってしまっても、『ずーっと ずーっと だいすきだよ』と。

今までありがとう

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